マイペースを生きる|今、どうやって暮らしていきたいのか

暮らしを整える

このブログは、始めた当時は節約や資産形成についてのブログにする予定でした。(本当なんです!)

でも、ブログを開始してすぐ適応障害になり、現在はキャリアや生き方についての話が多くなっていますね。

収益化ブログを諦めた話で詳しく書いたのですが、今は、あまりテーマなど絞らず、文章を書き続けることを目標に、その時書きたいテーマで書いていけたらと思っています。

このように私は生きたい、という希望を持つこと、持てないこと

こんな風な人生を送りたいまたは暮らしたい、という希望は、希望に対する気持ちの大小に差はあれど、多くの人が持っているものだと思います。

ただ、例えば親や家庭の状況に強く影響を受ける子どものころなどは、そう思うことはあっても、実際に自分の希望どおりに自分の人生を変えていくことは、難しいです。

私は小学校低学年のころに両親が別居(のち離婚)していて、ずっと父親不在の家庭に育ったのですが、当時、父がいたころの家族に戻り仲良く暮らしたいという希望を持っていたとしても、それは叶わなかったでしょう。(父はほかの女性と暮らしていたので)

住む場所も、都市部ではなくて自然豊かな場所に住みたいと思ったとしても、母親の仕事場から離れて生活していくことはできませんから、それも叶わなかったと思います。

今振り返ってみて、小学生の私がどんな風に暮らしていきたかったか、覚えていないことに驚きます。もしかしたら、最初からそんな希望を抱くことすらなかったのかもしれません。

子ども時代を過ごしてきて、いつごろからか、家庭の影響を受けない自分の暮らし方について希望を持ち、学校を選び、自分の望む道を歩んでいく――という状態を「自立」と呼ぶのでしょう。

ただ、世間で言われる「自立」は、「仕事を持っていて、親に養われていない。一人暮らしをしている」ぐらいの低いハードルである、と学生生活を振り返ってみて感じます。

それももちろん、大事な要素であるとは思うのですが、私自身はその低いハードルである「自立」にとらわれ、「とにかく食べるに困らない仕事をしなければならない」という強迫観念めいた思いを高校生ぐらいから持ってしまい、自分の関心や特性より、「食べていける職業/会社か」という視点でしか、大学選びや就活をしてきませんでした。親はとても喜びましたが、入った会社では入社当時からうっすらとした不適応が続き、結局、精神の不調で休職してしまいます。

私は恥ずかしながら、休職して初めて、仕事を持ち、食べていけるだけでは自立とよべないのだという考えに至りました。自分の人生は、食べていけるだけでなく、自分にとって無理がなく、心地よいものにしていかなければならないのだと。仕事を選ぶ前に、どう生きていきたいか、という希望を持つことが、大事なのだと気が付いたのです。そして、その希望に合うように、仕事や住まい、人間関係を整えていく。言葉にすると当たり前なことであるのですが、気が付いたときは衝撃でした。

安達茉莉子さんの『私の生活改善運動』。このことを言葉にして考えるきっかけになった本です。

「お金さえあれば」から、「今、こうやって生きていたい」へ

私は仕事が辛かったので、「とにかく今の会社で我慢して働いて、お金を貯めよう。そして仕事を辞めよう」と思っていました。それもひとつの選択です。

でも、今は、「今、私はどう生きていきたいのか?」ということを大切にしたいと思っています。

何十年という時間を我慢していたら、お金に困ることはなくなるだろうけど、なにか重大なものを取り逃がしてしまう気がします。

今、どう暮らしていきたいかというと、

・家を整える時間が十分にあって、毎日食事を作ることができる

・本を読む時間がある

・在宅を中心で働ける。時間の都合をつけやすい

・月に一回は日帰りor泊りの旅行に、年に数回は、遠くに旅行がいける程度の年収

・本、言葉、文章に、無理なく関われる

少しずつ、理想に向けて行動に移していきたいです。

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