価値あるものとの付き合い方/対立を捨てること

暮らしを整える

時間のなさと自分のキャパシティの限界。

休職中、私が主に考えていたのは、仕事のことというより人生のことでした。

仕事もしたい、子どもも欲しい、自分や夫や、家族との時間も欲しい、趣味の時間も欲しい。

そう思うたび、「贅沢だ」「大事なものを全部手に入れることなんてできない」と、何か捨てさせようとしました。

ただ1年弱悩んで、結局、それは無理だったんですね。

なぜなら、それらはすべて価値があることで、価値があることを無価値だと思い込ませる(=捨てる)ことは、私にとって、自分自身を否定することだったからです。

仕事にも、家庭にも、趣味にも、自分自身や周りの人のケアにも私は価値を感じています。

趣味のひとつ、旅行。英虞湾の眺め

価値のあるものとの付き合い方

たとえ、どれかの価値(例えば仕事など)だけを選び取って、それにたくさん時間を使えたとしても、捨てた価値(例えば家庭や周りの人のケア)のことを、私は忘れないだろうし、ずっと後悔する、と思ったんです。

そしてそれは、人生全体で見たとき、きっと大きな損失になるだろうと。

それで私は、価値を対立させる(捨てる判断をする)のをやめよう、と決めました。同時に、100点を目指すこともやめよう、と。

自分の中で、複数の価値を感じ取る力があると認めたうえで、よくよく考えてみると、私はそれぞれの価値で、別に100点を目指してはいない、とも気が付いたんですね。

仕事で出世して役員になりたい、とか。

全て食事は手作りで、子どもの世話を完ぺきにこなす、とか。

家は窓サッシの中までぴかぴかにしていたい、とか。

趣味でもプロぐらいまでうまくなりたい、とか。

むしろ、全部そこそこ、ぐらいを目指したい、と思っていることに気が付いたんです。頼れる中堅、みたいなポジションをそれぞれの場所で取りたい、と思ったんですね(笑)。

価値を選んで最大化するのではなく、全部を最大化させるのでもなく、全部、そこそこに時間を注ぐ。

これを思いついたとき、分散投資みたいだと思いました。一つに全振りするのではなく、複数に分散すると、大きな成功ができるわけじゃないけど、全体で損をすることも(長い目で見ればほぼ)ない。

大事なのは、価値を対立させることではなく、どれも見捨てず、そのときどきに応じて、配分を変えることなのだと思います。そうすることで、人生全体で見たとき、「わりといい」状態に持っていけるのではないかなと。

子どもを産んだり育てる時期は家庭の比率を上げる、働く時期は仕事の比率を上げる、など。

そういう人生を送りたい、と気が付いて、私は安定はしているけれ働く比率や環境を(大幅には)変えることができない前職を、やめる決断をしました。

前職も私にとっては大切な価値をもつ仕事だったので、とても悩みました。

ただ、私が働くことに求めていたのは、社会とのつながりとお金を稼ぐこと、という部分が多かったため、前職以外でもおそらく達成できるはずだ、と考え、えいやとやめてみました。

今はまったく別の仕事をしていますが、その判断は今のところ、正しかったと思います。

対立を捨てること

仕事だけでなく、家庭にも、何を求めるか、は人それぞれだと思うので、あくまで私のケースは、という話にはなってしまいますが、こんなケースもいるよ、という話を書かせてもらいました。

どうしても人生の優先順位を考えると、時間が限られているので価値を対立させて考えがちですが、どれも価値がある、とした前提で、どれくらいそれらに時間を注ぎたいのか、考えてみると、思ってもみない新しい道が見えてくるかもしれません。全部完璧にしたい!と本当に心の底から思っている人は、たぶんそんなに多くないのではないでしょうか。

長々書いてしまいましたが、なにを大切に感じるのかも、大事な自分の一部なので、あまりその部分は手放さないほうがよいのではないか、という話でした。

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